世界デフレが来る?

池田信夫ブログより
先進国の物価上昇率が急速に低下し、デフレが始まっているとEconomist誌が報じている。これを防ごうとFRBが通貨供給を増やしたため、アメリカはゼロ金利に近づいている。日本の不良債権対策は外国に自慢できるようなものではないが、デフレの教訓は役に立つかもしれない。

これについては多くの論争があったが、きのうの記事でも書いたように、フィッシャーのいうdebt deflationと、輸入や技術革新による相対価格の変化の両方が原因だと思われる。特に現在のdeleveragingは、かつての邦銀よりはるかに激しいスピードで進んでいるので、自然利子率はすでに負になっている可能性が高い。しかし名目利子率の非負制約のもとでは、デフレ状況で実質金利を負にすることはできない。

この悪夢のような状況に全世界が陥るとすると、日本の状況についての研究は重要な意味をもつ。これまでに提案された(あるいは行なわれた)政策は、おおむね次の4種類だ:
負の金利をつける(貨幣に課税する):これはケインズが冗談で提案した政策だが、現実には困難だろう。
輸入デフレを防ぐために関税を引き上げる:これは1931年にSmoot-Hartley法で実施された政策だが、最悪の選択だった。今回はさすがに各国ともこの教訓に学んで、保護主義の動きはない。
財政出動によってインフレを起す:これは伝統的なケインズ政策だが、財政赤字が大きいと人々の不安をかえってあおる。麻生政権の「定額給付金」をめぐるドタバタは、負の景気対策になるだろう。
インフレ期待を起す:これはクルーグマンの提案だが、加藤涼氏や植田和男氏も指摘するように、理論的な「穴」がある。現実にも、日銀の「時間軸」政策はインフレ目標に近い政策だったが、うまく行かなかった。
したがって、このパズルには答は出ていないが、日本の経験から少なくともいえるのは、次のようなことだろう:
デフレは不況の結果であって原因ではない:これは2003年以降、企業収益が上がって景気が回復したあとデフレが緩和された(その後も残った)ことでも明らかだ。「デフレ対策」を政策目標にするのは、風邪を直すために体温計を冷やすようなものだ。
デフレの中で中央銀行がインフレ期待を作り出すことはできない:白川総裁もいうように、国民のほとんどは「量的緩和」という言葉すら知らなかった。「インフレが起こる」と思うのは実際にインフレが起こったときであって、物価が下がっているときインフレを予想する人はいない。
実体経済がよくなることが最善のデフレ対策である:日本の場合、竹中金融相が不良債権の処理を強制的に進めたことが、結果的には信用不安の出口が見えたという安心感をもたらし、景気を回復させた。
要するに、デフレ状況ではケインズ的な「短期」の政策はほとんど無効になり、よくも悪くも「長期」の政策しかないのだ。デフレの最大の原因は投資意欲の落ち込みなので、人々が日本経済の将来に希望をもつことが本質的な解決策である。その意味で小泉首相の改革へのcommitmentは、「日本は長期的には立ち直る」という期待を人々にもたせ、投資を回復させた。「劇場政治」などといわれたが、現代の経済にはメディアという劇場が大事なのだ。

日本の教訓を生かすなら、これから始まりそうな世界デフレにも、非正統的な金融政策などの「魔法の杖」はない。過剰債務をすみやかに整理して金融システムを正常化し、人々を安心させることが最善の策だ。そして何より大事なのは、そういう政策を国民に伝え、信頼を得ることのできる力強い指導者だ――という日本の教訓は、そのまま世界各国にも生かせるのではないか。この時期にオバマが大統領に就任するのは、不幸中の幸いだ。