過失がないならなんで亡くなる

「出産後の女性死亡、産科医に無罪 名古屋地裁、過失認めず」
閉廷後、夫(33)は「過失がないなら、何で亡くなるのか。妻に報告できない」と話した。
産経新聞(2007/02/27 21:40)

「過失がないならなんで亡くなる」この認識が問題なのです。
生物に関する人間の認識は、学問から臨床、生活の場面まで、不合理だらけです。
遺伝子としても不完全、認識も不完全、学問も95−99%を持って学問的真実としており、 生物の存在そのものが”不合理”なのです。 ”不合理”の存在を認めなくなった、認めないように誘導された?、ところから医療崩壊は始まっているのでは?

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丸投げ法

レジデント初期研修用資料より
分からないときの振る舞いかた
間違える、あるいは「放り出す」といったほうが正しいのかもしれないけれど、患者さんを診察して、その人の抱える問題に対して、主治医としてなんのアイデアも浮かばないときに、患者さんに対して、どう「ごめんなさい」をすれば、その人の問題が解決する方向に状況を転がせるのか、そんなことを考えてる。

間違えが正しく重なると治る
胸部大動脈瘤で手術になった患者さんは、最初に整形外科にかかっていた。

その患者さんは「肩が痛い」と訴えて、胸が痛いとか、苦しいとか、そういうお話しを全然しなかったらしい。

患者さんを診察した整形外科の先生は、肩を診て、分からないからレントゲンを撮って、心臓の上側がやけに大きく拡大していたものだから、「肺癌疑い」なんて診断で、その患者さんを紹介した。

外来に来てくれている呼吸器の先生は、胸を聴診しても、その人には何もなかったのだけれど、「肺癌」と紹介されたものだからCTスキャンをオーダーして、動脈瘤が見つかって、緊急手術になった。

CTスキャンが行われるまでの間、その患者さんにかかわった医師は、誰ひとりとして正しい判断をしなかったし、「大動脈瘤」なんて診断を最初に下したのは、医師でなく技師さんだったのだけれど、「間違った判断」が正しく重なった結果として、患者さんは、最初から大動脈瘤と診断されたケースと同じく、「診察->単純写真->紹介->CT->診断」というプロセスをたどることができた。

分からないから放り出す
昔紹介された脳腫瘍の患者さんの場合には、自分も「間違いのリンク」に参加していた。

その患者さんは「気分が悪い」なんて訴えで、別の病院に入院していて、 CTだとかMRIだとか、あらゆる検査が行われたのだけれど原因が分からなくて、暫定的に「脳梗塞でしょう」なんて診断されて、点滴を受けていた。

状況が変わらなかったものだから、ご家族が本人を連れ出して、うちの外来にやってきた。「MRIは正常です」なんて紹介状が添えられていて、自分がそのMRIをみたところで、やっぱり何も分からなかったんだけれど、その患者さんは目が見えにくくなっていた。

目が見えづらいから、患者さんは「脳梗塞」なんて言われていたんだけれど、脳梗塞ならMRIで診断できて、脳梗塞でない、「目に来る」病気は、これは眼科医か脳外科医の領分で、うちの施設にはどちらもいないものだから、脳外科の常駐している、別の病院に紹介した。

紹介された脳外科医は、MRIを診て、一瞬で脳腫瘍を診断して、その患者さんは下垂体腫瘍の手術を受けたらしい。

最初の病院に入院した段階で、必要な検査は全部行われていて、最初の医師も、自分もまた、データを見ても診断できなかった。前医と自分と、患者さんに対して等しく無能であったのだけれど、同じ「分からない」という状況に対して、前医は抱えて、自分は放り出した。

患者さんを放り出した先が、「正解」を見慣れている医師だったものだから、患者さんの病名は一瞬で下されて、治療が行われた。

「分かる誰か」に問題を正しく渡す
全然ほめられた経過ではないけれど、分からないまま、あるいはことごとくが間違っているままに物事が進んでいる状況においてもなお、その患者さんを診断することを「正しくあきらめる」ことができれば、いつか正しい診断にたどり着くことができる。

「あきらめかた」だとか、「放り投げかた」にも、たぶん正しいやりかただとか、あきらめるタイミングというものがあって、それを外しさえしなければ、病気に対する知識が全くない医師であっても、その患者さんに隠れている本当の病名が診断される方向に、あるいは治療される方向に、状況を転がせるような気がする。

今作っているマニュアル本には、こういう考えかたは全然入っていないんだけれど、いつかはこういう考えかたを実装したいなと思う。

まず必要なのは、分からないときに、その状況を「分からない」と認識するためのやりかた。

もう一つ必要なのが、ある症状を抱えた患者さんに対して、自分の知っている鑑別診断リストの中からは適切な病名を探せなかったり、ある病名を患者さんに当てはめて、どうも「据わりが悪い」と思えたときに、問題を抱えた患者さんを、その問題を解決できる医師に、正しく渡すためのやりかた。

どこから手をつけていいのか見当もつかないけれど、それでも症状は有限で、おそらくは、物事が呪われたように悪く転がる、そうした状況の数もまた有限だから、それを収集、整理することで、それを方法論としてマニュアル本に取り込むこともできるような気がする。

暮夜満足日記(Bo-Ya Mansuku NIKKI-)より
丸投げ、それも正しい。ただし、事象を説明した上で。(どうやって?)
2009-08-05 20:19:48 (14 hours ago)
分からないときの振る舞いかたをお医者さんの見地から記載されていて、おもむき深く読んでいた。

で、まいどのことながらこの人の記事って、アプリケーション開発者視点でも考えられるのだよね。

つかっているアプリケーションのバグ、不具合があった状況で、推測はつく(けど、使う側観点で)となった時の不具合報告を出すとき。
これって何がおこったか明確でないと対応する側も判断つきにくいのだけど、``「分かる誰か」に問題を正しく渡す”ことがやりきれていないケースが多かったりする。

で、ある程度熟練したアプリケーション開発者はそれを厳格にレポートして提出するわけだけど、レポートを書く人間の理解できる範疇でしか書ききることはできない。
(そうして、サポートする側とされる側のぐだぐだとした質問の投げ合いがはじまるのだな)

個人的にまさに正しくほうりなげるには、淡々と事象の説明となにをやったか書いたうえで、さいごにこそっと、私見を書くぐらいしか手はないのだが。

ただ、上に書いたようなやりかたでうまくいくようになったのは、この仕事についてから数年はしないとダメで、それまではなんざんしょ、不必要な思い込みやら、自尊心やら他力本願なお願いやらがレポートの中にふきこまれてて、ぐだぐだとした質問の投げ合いになっていたりした。

いつからうまく質問して、なげっぱなしができるようになったかつらつらと考えてみるに、サラリーマン的な「自分の仕事はここまで」という判断をつけられるようになってからだな。
そういう過程でなんだか自分が矮小になっていく気がしたのだけど、なんのことはない、技術的に身の丈がわかってきた証拠でもあった。

↑ こんな感情的な面も含めて、まるなげの仕方をマニュアル化したり、シクミ化するのは難しいのだけど、なんとかフローにできないもんかなあ、と。

とりあえず、ブログを書いているお医者さんがマニュアル化したよ、とブログに記載されていたらみて参考にしてみようとおもう。

「新聞読みません」 2ちゃん“ひろゆき”単独インタビュー

「新聞読みません」 2ちゃん“ひろゆき”単独インタビュー
7月30日13時5分配信 産経新聞

■新聞は若者に受けない

−−ネットの世界にいらっしゃる方からすると、新聞の現状はどう思われますか?

「産経さんだってネットを使う仕事をしているので、そこで区分けをする理由がよくわからないんですけど。紙媒体100%の人が、紙以外のもので情報を得るかといえばそうではないので、新聞は減少するけれど、衰退してなくなるレベルまではいかないと思います」

−−例えば、20代の若い子はネットやケータイでニュースに触れるけれど、お金を出して新聞を買わないですよね

「僕の友達ではスポーツ新聞を読む人はいるので。それも新聞じゃないですか。その人の趣味に合わせて出しているものは、買われる。お年寄りの人が喜んで読むということは、基本的にお年寄り向けに作っているメディアなわけじゃないですか。そうすると若者は面白くない。新聞自体というよりも、お年寄り向けなので、若者には受けないというのが先な気がします」

−−「2ちゃんねる」を見ていると、ソースはネット上でも、新聞の記事だったりするじゃないですか。形を変えれば、記事を読んでもらえるのかなという気はするのですが

「若者が見て面白い情報というのは必ず載ってはいると思うのですけれど、パーセンテージの問題とか、見た目の問題だと思います」

■産経、どうしちゃったんだろう?

−−今回、産経新聞はWeb面を作るわけですか…

「どうしちゃったんだろう?って感じですよね。そもそもやる必要性をあまり僕は感じないのですけれど(笑)」

−−ネットに全く触れない人たちがボリュームとしているわけじゃないですか。彼らからすると、ネットの中で何が起きているのかわからない。でも、新聞の見出しで「2ちゃんねるで犯罪予告」とか出てしまう。じゃあ、2ちゃんねるってどんなところなのか、怖いところなのか。断絶があるわけです。そこを埋めたいというのが(Web面を始めた理由の)ひとつです。

「海外面みたいな感じですか」

−−国際ニュースを出すように、ネットの世界で何が起こっているのかを出していこうという面なんだと思います

「へえ。ほお。ようやく理解しました(笑)」

−−Web面でやった方が面白いこととかありますか?

「ネットをやらない新聞記者の人たちが、どういうふうに解釈するのかあった方が面白いと思いますけどね。事実だけを伝えるのであれば、共同通信だけ読んでればいいわけじゃないですか。なんでこれがネット上で話題になっているのか、記者さんの視点でみられれば。前にうちの父親がパソコンをまったく覚えなくて。『なんで使わないの?仕事で使う機会あるじゃないか』って話をしたときに、『部下がやるからいいんだよ』って。そりゃそうだ。そもそもネットが便利だというのは僕らの思いこみで、ネット自体を選択肢のひとつとしてみている人にとっては、ネットより便利なものがあると思う。そっち側の価値観もつきあって、こういう断絶があるって見えた方が面白い」

ニコニコ動画の面白さ

−−ひろゆきさんがかかわっていらっしゃる「ニコニコ動画」の面白さってどこにあるのですか?

「面白さ…うーん。なんだろう? 結局ネット上のサービスって暇つぶしなんですよね。なくても困らないもののうち、じゃあ自分にとって何が面白いかなという基準で、ヤフーを見る人もいれば、楽天でショッピングする人もいれば、ミクシィ使う人もいれば、という話。動画は今まで、サイト運営が難しかったのですが、ユーチューブが出てきて、ネット上で動画ってありなんだねっていう。ただ動画ってみていると、テレビの方が面白いという事実に気づいてしまう。個人が作る動画は、プロがお金かけてやっている動画より面白くないので、別の楽しみ方をしないと。たとえば、動画について話をしていると、会話自体が面白い。友達とお茶の間にいて、話をしててテレビをつけているときテレビ番組は話題のたねを提供してくれればいい。ニコ動はお茶の間の人が会話するという、割とうまくいっているサービスなんじゃないかなと思います」

  [フォト]産経、どうしちゃったんだろう? と語るひろゆきさん

■一対一のサービスはやらない

−−みんなコミュニケーションを欲しているのでしょうか

「暇ですからね」

−−2ちゃんねるもそうですよね。ニコ動も2ちゃんも大勢同士のコミュニケーションで、一対一のコミュニケーションが可能なミクシィとはそこが違いますね

「僕が面白くないと、僕はサービスを作れない。何が面白いのかわからないので。僕がすごいなと思っているのが、ワコールの社長なんですけど、あの人、男なのに女性の下着が作れるんですよ。僕はまったくそれができない。(一対一の)サービスは、僕は見られないじゃないですか。面白くないじゃないですか。作る気にならないので、一対一のサービスはやらないです。ただ、ドワンゴの売り上げを上げなきゃいけないっていうんで、一対一のサービスがもうかるんじゃね? となったら、やるんじゃないですか?(笑)」

■ナナロク世代は負け組

−−「ミクシィ」や「グリー」、「はてな」の社長をはじめ、ナナロク世代(1976年前後に生まれたネット起業家)っていらっしゃるじゃないですか。同世代感はありますか?「おれらがネットの時代作ってる!」みたいな

「いや、全然。たぶん、負け組ですよ、僕ら(笑)。氷河期だったんです。で、就職できなかったので、会社作ったような感じの人たちです。僕も就職活動しないで、会社作った組です。バブル景気でバイトしてるだけで月10万円入るとか、就職したら良い会社に入れて、月給でいい暮らしができるってなったら、会社なんて作ってないと思うんですよ。お金の入手先がないから、自分でやるしかなかった。そのとき、たまたまインターネットというのがあって、まあそれなりにさわれるな、と。でも一般の会社の人はなぜかインターネットを全然、使えない。そこで優位に立てて、ネットってはやってるらしいよ、じゃ詳しい若者に任せてみようという流れなだけだと思うので。たまたま成功した何人かがいるから、そう思われるだけだと思うんです」

■おすしとじゃがりこ

−−お互い意識したり、ライバル心はないですか?

「いやー…近藤さん(はてな近藤淳也社長)は同い年に見えないし。孫さん(ソフトバンク孫正義社長)とか堀江さん(ライブドア堀江貴文元社長)とか、第一ネットバブルの人たちって、すごいお金が好きな感じで、ビジネス大好きなんですけど、僕たちは生活の糧としてネットを使い始めたので、こうなったら幸せ、とかが低いんですよね。クルーザーが欲しいとかないので(笑)」

システムから目をそらす

ビル・トッテンのコラムより

金融崩壊によって、一般国民が家や仕事を失い始めているアメリカ社会で、オバマ大統領は、アメリカを支配している真の権力者たちがまさに必要としていた人物であったのだと私は思う。なぜなら、彼をしてアメリカ国民に、まだチェンジは可能だと希望をもたせ、その根本にある資本主義というシステムから目をそらさせることができたからである。そして深刻な状況をもたらした張本人である権力者たちは、誰一人として、なんら個別の責任をとってはいないし、オバマがその地位にいる限りは責任を取る必要は決してないからだ。

就任以前から私はオバマ氏の手腕に否定的であったが、日がたつにつれてその失望とあきらめはますます強くなっている。オバマ大統領は前任者にくらべて演説がうまく、「金融緩和をして、また成長しよう、貪欲さを少し抑えて、また消費をしよう」というようなことを言っている。しかしその方法がうまくいくことはないだろう。

資本主義社会において企業経営に携わる身でありながら、今ほど資本主義のおかしさを感じることはない。AIGの赤字は約9兆円といわれるが、負債やバブルがどれくらい大きくなっているかを確認することはもはや数字のゲームのようだ。アメリカ政府はAIGに3兆円近い資本注入をしても、家を失うアメリカ人労働者へ資金を提供することはない。経営者はボーナスを手にし、労働者は簡単にくびを切られる。それがアングロサクソン的資本主義だからだ。

オバマ政権の防衛予算はいまだに天文学的な数字であるし、ウォール街救済にみられるように、残っている富は金持ちの手にわたるという古いパラダイムも変えようとはしない。先月発表されたアメリカ企業の売上げ1位はエクソンモービル社で、昨年の史上最高値を記録した原油高で、売上げは44兆円にものぼった。終わりなき搾取、過剰消費、環境破壊の上になりたつこの不平等なシステムが持続性のあるものに変わるとすれば、それは現在の資本主義の終焉とともに起きることは間違いない。

どのような形で終焉を迎えるのかわからないが、それはソビエトの崩壊のように突然くるかもしれない。または完全に崩壊はしなくとも、国家として弱体化し、あとに残された社会では人々が、環境破壊や資源の減耗、高騰など、いまよりもずっと厳しい生活を強いられるようになるだろう。

ソビエトといえば約100年前、相互扶助の精神を重視する「無政府主義共産主義」を提唱したクロポトキンという思想家がいた。共産主義が破れ、勝利したはずの資本主義も崩壊したあとに、再び共産主義の時代がくるかどうか私にはわからないが、一方的に少数の人間が多数を搾取する競争に基づくシステムではなく、クロポトキンの言うような協力に基づく社会こそ、大多数の国民が求めているものではないのだろうか。いずれにしても、ホワイトハウスにおけるオバマ大統領の最大の任務は、さらに悪化する国内情勢を前に一般大衆を従順に耐え忍ばせることにある。

アメリカでは、衰退する大国の将来を案じて、グローバルに調達されたものではなく、地元での食料生産や調達システムを作り始めている人々がではじめている。それを考えると、オバマ夫人のホワイトハウス菜園も生存の自衛策として国民に野菜作りを勧めるメッセージなのかもしれない。

ドラッガー流経営術

ずっと特定健診の検査会社のことを考えて疲れた、もっと患者を集めることだけに専念しよう。ユニクロ柳井正nhkわがドラッガー流経営術、今現在買い物をしてくれる客だけを客と捉えるのではなく、来店しない多くの人を顧客にするにはどうすべきかも考える。安易に簡単に作れるものを売るのではなく、顧客の潜在需要に応えるものを作って売る。ライバルではなく顧客に集中する。

新型インフルエンザまとめ

レジデント初期研修用資料より

ウィルスは紫外線で壊れる
しょせんはタンパク質の薄い膜に包まれたRNA の粒子だから、日の光に照らされると、長くは生存できない。人から人への伝播が途絶えた状態で、何日間かすれば、その地域からは、ウィルスはいなくなる。

ウィルスは湿気でも破壊される
湿度50%を超えると、たしか90%以上のインフルエンザ粒子は不活化する。しょせんは単なる粒だから、ノロウィルスみたいに、吐物や便の中に潜行して、環境が乾くのまって、復活して飛ぶ種族もいるけれど、インフルエンザはたぶん大丈夫。

ウィルスは感染者と対峙しない限りうつらない
それがどれほど恐ろしいウィルスであろうと、ウィルスは単なる微細な「粉」だから、隣町のウィルス粒子が、はるばる漂って別の町を襲うとか、ちょっと考えられない。だから基本的には、人の集まる場所を避けて、家の中に引きこもっている分には、まずはうつらない。 HEPA フィルターなんかは必要ないし、部屋の目張りも、必要ない。

現場はとにかく、「責任者の不在」に振り回された。
舛添大臣は、たしかに責任者の椅子に座っていたけれど、二言目には「専門家の意見を待ちたい」なんて、質問をそらす
総理はしばしば「弾力的な運用」を口にする。大局的な方針が示されないまま、「地域ごとの弾力」を期待されても、困ってしまう
地方自治体は、「まだ国の見解が来ない」なんて、判断を下さない。現場から「これはどうなの?」なんて質問を上げても、行政の人たちも「上」の意向を待っていて、判断できない
感染症専門家の人たちは、助言はするけれど、表には出てこなかったし、恐らくそうした権限も与えられていないのだと思う

野党の人たちが、与党を叩きに行くのなら、「政府は正しい検査を行おうとせず、新型インフルエンザの実体から目を背けている」という理屈は、そう間違っていない気がする。

今さら全員PCR を行ったところで、出費がかさんで現場が混乱するだけではあるんだけれど、誰かがこういう、身も蓋もない正論を提案しないと、今の「空気」は吹き飛ばない。

「全員PCRすべきだ。与党は現実に目を背けているが、それは誰の判断で、誰の責任においてそうしているのか」なんて、野党の人たちにはやってほしいなと思う。もちろんその提案は却下されるのだろうけれど、ここで誰かに「私の責任において全て行う」なんて言挙げしてもらえれば、それが前例になって、「次」の本番にそれが生きると思う。