社会科学者のための進化ゲーム理論

池田信夫ブログより
現在の世界的な不均衡状態を理解するには、DSGEなどの合理主義的なマクロ経済学は役に立たない。それはゲーム理論の言葉でいえば「一定の(非現実的な)条件のもとではナッシュ均衡が存在する」といっているだけで、不均衡状態が均衡に収束するのかどうかという問題には答えていないからだ。これを考えるには、進化ゲーム理論のほうが役に立つだろう。

本書は、学習ダイナミクスなどの高度な進化ゲーム理論を解説した、日本語で唯一の教科書である。内容は一般向けではないが、これまでWeibullの古い教科書しかなかったので、研究者には便利だろう。特に金融危機との関連で重要なのは、協調ゲームのような複数均衡状態で悪い均衡にはまり込んでいるとき、よい均衡に移行するにはどうすればいいかという戦略だ。

RBCの想定するようなself-confirming equilibriumがどういう条件で成立するかという問題を扱った本としてはFudenberg-Levineがあるが、おおむねいえるのは、口先だけのcheap talkはだめで、言ったことを必ず実行するコミットメントが重要だということだ。中央銀行がインフレを起す手段をもっていないのにインフレ目標を設定しても、誰も信用しない。厄介なのは望ましい状態が何かを誰も知らないことで、政府が勝手に「公正価値」を決めてもそこに収束するとは限らない。

この種の話はコンピュータ・サイエンスではよく知られており、遺伝的アルゴリズムのように大きなショックを与えてプレイヤーに試行錯誤させればよい。また知識が蓄積されて共有されることが重要なので、情報は多ければ多いほどよい。時価会計を凍結するとか、自己資本規制を緩和するといった情報隠蔽によってショックをやわらげる政策は、経済を悪い均衡で安定させてしまい、90年代の日本のように低空飛行を続けるおそれが強い。