負の所得税

池田信夫ブログより
最低賃金法の改正案が、国会で審議されている。労働組合などからは「これではワーキングプア対策にならない」「最賃を一律時給1000円に引き上げろ」などの要求が強い。しかし当ブログでこれまでにも説明したように、最賃規制は労働需要の不足をまねき、失業を増やすおそれが強い。

今回の改正のポイントは、生活保護との「整合性」だが、具体的な金額は規定されておらず、実効性は疑わしい。根本的な問題は、生活保護が働かないで貧しい人を対象にしており、働いても貧しい人を救済する制度がないことだ。働くより生活保護を受けたほうが高い所得を得られ、少しでも働くと生活保護の支給が打ち切られることが、労働のインセンティブをそいでいる。

この問題の解決策も、フリードマンが45年前に提案している。負の所得税である。これは課税最低所得以下の人に最低所得との差額の一定率を政府が支払うものだ。たとえば最低所得を300万円とし、あるフリーターの所得が180万円だとすると、その差額の(たとえば)50%の60万円を政府が支給する。これなら最賃を規制しなくても最低保障ができるし、働けば必ず所得が増えるのでインセンティブもそこなわない。アメリカでは、これに似た勤労所得税額控除(EITC)が1975年から実施されている。

フリードマンの提案したのは、こうした生活保護を補完する制度ではなく、現在の所得税システムとともに生活保護公的年金も廃止し、課税最低所得の上にも下にも(正または負の一定率の)フラット・タックスを課すことによって、福祉を税に一元化するものだった。これによって税制は劇的に簡素化され、厚生労働省を廃止すれば、きわめて効率的な福祉システムが可能になる。

しかし、まさにその効率性が原因で、負の所得税はどこの国でも実施されていない。大量の官僚が職を失うからである。現在の非効率な「福祉国家」では、移転支出のかなりの部分が官僚の賃金に食われている。それを一掃して負の所得税に一本化すれば、現在の生活保護よりはるかに高い最低所得保障が可能になろう。フリードマンは、やはりまだ新しい。

補足
負の所得税の基本思想は、福祉はすべて所得移転で代替可能だということです。老人の無料パスや医療の無料化のように、個別に「現物給付」することは、効率が悪いばかりでなく、不公正です。大富豪の老人に、無料パスは必要ないからです。

したがってこれを本気で実現したら、自治体の福祉関係の仕事はほとんどなくなるでしょう。もちろん、その受益者も反対するでしょう。

これに対する反論は、人々はそんなに合理的ではないということです(フリードマンの主張には、すべてこう言えばだいたい当たります)。現に公的医療保険のないアメリカでは、大量の無保険者が社会問題になっています。たとえばガンになって、所得が低いために治療が受けられないで死亡した、という場合に「民間の保険に入ればよかったのだから自己責任だ」ですむのか、という問題は残ります。


生活保護と賃金 (元生活保護ケースワーカー)
少しくらいなら給与所得があっても生活保護は打ち切られません。保護を受けていても働いたほうが収入が増えるような制度にはなっています。
問題はインセンティブがささやか過ぎることと、収入が多くなり過ぎて生活保護廃止になった後で失業した場合、再び生活保護を受けられるか不明確なことです。一度保護を受ければ簡単に保護廃止になりませんが、再び保護を受けるのは簡単ではありません。このへんはフリードマンもどこかで述べていましたが、こうした経済状況の人々が就ける仕事は多くの場合不安定であり、また福祉事務所の裁量に対抗する十分な交渉能力がないことが多いのです。いわゆるワーキングブアの人々は生活保護基準に該当しても現実的には保護が受けられません。厚生省が決して明言しない、影の保護基準が現実的にあります。こうした役所の裁量の大きさ、柔軟制の無さが問題なので、負の所得税を私は支持します。