金融危機のマイクロストラクチャ

世界の株式市場は、底なしの暴落が続いている。これは各国政府の対策に、市場が「それでは足りない」というメッセージを出していると解釈できる。何が足りないのか――それがわからないのがBlack Swanの特徴だが、ここでは一つの仮説を提示してみる。

私は「今回の問題の本質は、CDOCDSに値がつかなくなったことだ」というシュワルツの意見に基本的に賛成だ。決済機能が健全なのにこんなパニックが起こるのは、派生証券市場のmicrostructureに原因があるのではないか。航空機の路線で、ハブというのがよく知られている。普通に2つの空港の最短距離を結ぶと、nヶ所の空港を結ぶにはnC2=n(n-1)/2路線が必要だから、nが大きくなると組み合わせの爆発が起こって採算がとれなくなる。これに対して図のように、たとえばデンバーをハブにすると、路線の数は最小n-1ですむ。

株式や債券に取引所があるのは、このようなハブをつくることによって社会的コストを減らすためだ。外為市場には物理的なハブはないが、全世界の為替ディーラーがロイターのモニターを見て売買するので、ほぼ一物一価になっている。ところがCDOCDSには、こういうハブがない。AIGが事実上そういう役割を果たしていたともいわれるが、仕組債は複雑にカスタマイズされているため、契約ベースの相対取引が普通だ。

このようにtight-couplingされたスパゲティ状の決済ネットワークは危険である。ふだんはCDOなどの流動性が高いので、それを組み合わせた仕組債の価格も要素価格を集計して決まるが、モジュールの取引が一つでも止まると、仕組債全体が決済できなくなる。そして1ヶ所で決済できなくなると連鎖的に債務不履行が発生し、これによるrenegotiationの数も爆発するため、システムが破綻してしまう。だから問題は、よくいわれるように金融技術が過度に発達したことではなく、それが構造的には未発達だったことにある。

こういう問題はコンピュータ・ネットワークでもよく知られており、バラバシの本などでおなじみだ。ところが金融工学の教科書を読んでも、こうしたマイクロストラクチャについての記述がまったく出てこない。流動性は無限大と仮定する効率的市場仮説にもとづいているからだ。今ごろNY連銀がcentral counterpartyを創設しようとしているが、文字どおり泥縄である。

経済を集計量でしかとらえない伝統的なマクロ経済学は(新古典派ケインズ派も)、今のようにマイクロストラクチャが崩壊したときは役に立たない。その原因もよくわからないのに、行き当たりばったりに資産の買い取りや資本注入を行ない、ヘリコプター・マネーをばらまくのは、かえって問題を複雑にするおそれがある。政府がすべての経済活動に介入はできないのだから、根本的な解決策は市場メカニズムの機能を回復することしかない。それには一元化された電子決済システムが必要だ。

池田信夫blogより