「命がある」ということと「赤ちゃんを育てられるお母さんとして生きている」ということは別な問題だ。

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妊婦死亡:産科医「頭部疾患伝えた」

 妊娠中に脳内出血を起こした東京都内の女性(36)が都立墨東病院など7病院に受け入れを断られた後に死亡した問題で、最初に女性を診察した江東区の「五の橋産婦人科」の医師が22日夜、記者会見した。「(受け入れを要請した)墨東病院の当直医に(女性は)頭が痛くて痛くて七転八倒しているニュアンスを伝えた」と証言し、「脳内出血が疑われる症状は伝わらなかった」とする墨東病院の説明に反論した。

 会見したのは、塩野結子(ゆうこ)医師(38)。会見は遺族の同意をもとに開かれ、川嶋一成院長と小西貞行弁護士が同席した。

 塩野医師によると、女性は初めての妊娠で定期的に検診を受け、妊娠35週と4日目だった。4日午後6時に夫から「下痢とおう吐があり、食中毒かもしれない」と電話があり、救急車で来院するよう伝えた。救急車は同52分に医院に到着し、夫は「自宅に救急車が着く直前に『頭が痛い』との訴えがあった」と話し、本人も頭痛を訴えたという。

 採血と超音波で妊娠によるトラブルがないことを確認したが、頭痛が尋常ではなかったため、電話で墨東病院に受け入れを要請。詳しい症状を伝えたが「1人当直なので受け入れられません」と断られたという。

 塩野医師は「脳内出血を疑ったからこそ、脳神経外科と産科のある病院に連絡をした。ただ、電話で『脳出血』とは言っておらず、伝え方が悪かったかと言われれば真しに受け止めるが、頭部に疾患があることは伝えた。急いでいる状態を察していただきたかった」と話した。

 これに先立ち、墨東病院を運営する都の及川繁巳・病院経営本部経営企画部長は都庁で記者会見し、「(塩野医師から当直医が)頭痛があると聞いていたが、脳内出血が疑われるとは伝わらなかった」と釈明した。

毎日新聞【川上晃弘、町田徳丈、木村健二】
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もし、もっと早く搬送されていたとしても、残念ながら助からなかった重い症例であった可能性があるのだ。脳内出血では、普通の人でも亡くなる。妊産婦さんなら、出産というリスクがあるから、さらに条件は悪くなる。
マスコミは妊産婦が脳内出血を起こしたら「命が助からなければ人殺し」という論調だが、マスコミに尋ねたい。脳内出血で血腫を除去する手術を受けた患者さんが「命がある状態」は果たして「普通に生活を営み、赤ちゃんを育てられるような状態」なのかを。血腫除去で、一度破壊された脳細胞が生き返ることはない。大きなダメージを受けた脳が本に戻ることはないのだ。この事例では、もし、一番幸運な展開であったとしても、産婦さんが植物状態になったのではないか、という疑いが強い。
 脳内出血の予後について、マスコミは他の患者さんであれば、平気で「意識不明が続いている」「麻痺が残った」と書くのに、なぜ、妊産婦の場合だけ「生きていたら赤ちゃんを普通に育てられる健康なお母さんに戻る」という印象操作を行うのか。これがダブルスタンダードでなかったら、何だ。実に悪辣な印象操作だ。

受け入れ不能だった他の病院の事情を纏めると次のようになる。
・順天堂病院 当直医は別の出産を担当→産科医がいない/ベッドが満床(受け入れはムリ)
・慈恵会付属病院 NICU満床→前日に生まれた双子の管理で小児科当直医は手一杯/産科は破水した妊婦が待機中→これから始まるお産があるので手一杯(受け入れはムリ)
日赤医療センター 母体胎児集中治療室が満床、別な妊婦が搬送→当直医3人では手一杯「電話では切迫した状況がうかがえなかった」
・日大医学部付属板橋病院 集中治療室が満床(受け入れはムリ)
慶應大学付属病院 「下痢、嘔吐の訴えで感染症を疑う」→感染症管理に必要な個室が満床で断る
・慈恵会付属青戸病院 もともと高リスク妊婦を受け入れない上に、脳外科不在(受け入れはムリ)

 というわけで、慈恵会付属青戸病院はそもそも電話すべき病院ではなかったということになるし、順天堂・慈恵会付属・日大板橋は受け入れ不能だった。
 で、残る2つの病院だが、日赤医療センターが「切迫した状況がうかがえなかった」、慶應大学付属病院が「感染症を疑った」といっているということは、五の橋産婦人科からの搬送依頼内容が正確に伝わってないということではないのか。すなわち、当夜、満床だったり、他の緊急に処置の必要な妊産婦さんや赤ちゃんがいたからが主因なのではなく、搬送依頼の伝え方・受け方に主たる問題があるのではないのかと思われる。

 墨東病院だけでなく、日赤医療センター慶應大学付属病院と他の二つの病院でも脳内出血の疑いのある妊婦搬送であるという事実が伝わってなかった理由は何か。搬送依頼の内容が問題になってくると思う。

天漢日乗より改変コピー

追加 レジデントのための初期研修用資料コメントより
 地方と都会では「たらい回し」の理由が微妙に異なっていますね。地方だと「本当に医者がいない」のですが、都会だと大学がたくさんありすぎるが為の弊害として「学閥とか医局」がらみのネットワーク障害がある感じですね。医療界独特の不文律ですが。。。
 受け入れ要請は産科の当直医に入るわけで、もしこの患者を受け入れるとなった場合、産科の医師が脳外科の医師に応援をお願いする形になろうかと思います。となると、普段さぼど交流がない産科と脳外科の連携がスムーズにいくかどうかが懸念されます。縄張り意識の強い大学病院様のことですから、この時点で一悶着あるはずです、きっと。さらに懸念は他にもあります。どちらが主科になるのか、ICUに断られたら、病棟は産科病棟にするのか脳外科病棟になるのか・・・?さらに、ベジになってしまえば、最終的にどちらの科が面倒をみるのか・・・?
 医学は大学で学び研究し、医療はセンター化、役割分担とネットワーク化が効率的と思われ、プライマリーケア医の情報力とコミュニケーション能力が患者さんの予後に大きく寄与すると思います。。。