「絶対効かない薬」はよく売れる

レジデント初期研修用資料より

「うまい話」で失われるもの
学生の頃、中古車売買に詳しい人と知りあいになった。友達に、たまたま安い車を探している男がいたから紹介して、なんだかいい車を安く紹介してもらえたとかで、喜ばれた。

友達の友達がそれ聞いて、「自分にも紹介してくれ」なんて頼まれて、また紹介した。

今度紹介された車は、どうも気に入られなかったみたいで、「友達の友達」の両親から、うちの実家に連絡が入った。「おまえの息子は詐欺師か何かか !」なんて母親が怒鳴られて、自分も同様に、母からえらく怒られた。

友達と、友達の友達と。「うまい話」を紹介して、全部失った。

お互いのつながりが緊密なコミュニティでは、「うまい話」を紹介することで得られる利益と、それが「うまい話でなかった」時に失うものとのバランスがとれない。

「利益の大きさ」というパラメーターは、うまい話の「感染力」には貢献できない。

「絶対効かない薬」の効果
例えばそれは、「ホメオパシー」みたいな、ほとんど水そのものみたいな民間療法であったり、あるいは「ホワイトバンド」とか「○○ちゃんを救おう募金」みたいな、自分自身にはなんの利益ももたらさないことが、原理的に明らかなやりかたであったり。

そんな「絶対に役に立たない」ことが分かっている何かは、もちろん役には立たないんだけれど、役に立つことが絶対にないからこそ、誰にでも安心して勧められる。

「絶対裏切らない」ことを保証するのは難しい。その人がどんなに「絶対」を叫んでも、医療みたいに、「腕」が確実な結果を保証できないようなサービスの場合、どんなに頑張ったところで、「絶対」なんて保証できっこない。

不確実から確実を切り取るやりかた
富裕層向けの医療サービスは、たぶん「普通の」医療では広まらないから、成立し得ない。ある人にいい結果を提供できたところで、その人から紹介された次の人に、同じようないい結果を保証できないから。

医療は本来、不確実なものを相手にする仕事だけれど、そこから「確実」を切り取った人は、ビジネスで大成功している。

横浜のガン治療医は、「末期ガン」の人だけを相手に治療を行う。そんな人達は、何をやっても「必ず亡くなる」からこそ、結果が確実で、治療はコミュニティに伝播した。

内視鏡の権威だった先生は、そもそも病人でない、健康な人を相手に、「ミラクルエンザイム」なんて薬じゃない薬を売っている。病気じゃない人に、病気に効かない「薬」を売っているからこそ、あのビジネスは広まって、よく売れる。

自分たちみたいな、従来どおりの、不確実な医療を提供する側の人間もまた、「絶対」を切り取るやりかた、「治癒」とか「診断」みたいな、不確実さから逃れられないものを回避することを、もっと考えないといけないんだと思う。

今までのやりかた繰り返しているだけでは、そのうち誰かが新しい「絶対」見つけてはおいしいところ奪っていって、一般内科なんて細る一方になってしまう。