トヨタの長すぎた栄光

池田信夫ブログより

今年の日本経済を振り返ると、最大のサプライズは年末に明らかになったトヨタの赤字だろう。かつてトヨタは、向かうところ敵なしだった。奥田碩氏が経団連の会長だった時代には、財界の政策立案を行う渉外部に70人ものスタッフを擁し、経済政策を動かした。電波政策にまで口を出し、通信業者が使うはすだった710〜730MHzにITSが割り込んだ。

トヨタは「環境にやさしい」自動車を宣伝しているが、環境に一番やさしいのは不要な自家用車を減らすことだ。交通事故を減らすもっとも効果的な方法も、車を減らすことである。そんなことは自明だが、車に依存して道路を建設している政治家も、交通警察官の雇用を維持している警察もそれはいわない。奥田氏の「マスコミに報復してやろうか」という発言にも、メディアは沈黙した。トヨタが暗黙の「検閲」をやっていることは、業界ではよく知られているからだ。

トヨタが悪いのではない。トヨタ以外に日本経済を支える企業がない状況が、20年以上も続いているのが異常なのだ。1980年代に、アメリカの製造業はトヨタを先頭とする日本企業の攻勢にあって没落し、IT産業に経済のコアを転換することで90年代以降、復活を果たした。しかし日本経済は、トヨタが成功したがゆえに、その転換を果たすことができなかった。90年代の長期不況の原因は、80年代に上方に乖離していた成長率が(産業構造の転換に失敗して低下した)潜在成長率に回帰したとみるのが、多くの実証研究の結果だ。

そして2000年代の初頭に、また異常な金融緩和によって上方に乖離した輸出産業の業績が、円安バブルの崩壊で本来の水準に戻ると、唯一のエンジンを失った日本経済は失速した。日本の製造業の労働生産性アメリカの1.5倍なのに、サービス業は0.5倍という生産性の不均衡が、日本の最大の病である。旧態依然の銀行を公的資金で延命し、それによってゾンビ企業を大量に温存した経済政策が、非製造業の生産性低下をもたらしたのだ。

トヨタの栄光は、長く続きすぎた。トヨタは、日本が第2次産業革命の後期に成功した時代の象徴だが、その時代は90年代に終わるべきだった。これから必要なのは、トヨタに依存するのではなく、トヨタに学ぶことだ。もっとも重要な教訓は、企業が成長する鍵は政府の産業政策でもマクロ政策でもなく、グローバルな競争だということである。第3次産業革命に立ち遅れた日本経済を建て直すためには、NTTやITゼネコンのような「恐竜」が情報通信産業の中核をになっている状況を変え、デジタル・ネイティブな企業の参入をうながす必要がある。

1980年代にそれを実現したのは、今たたかれている投資銀行だった。MCIはマイケル・ミルケンの支援で発行したジャンク債によってAT&Tの独占していた長距離通信市場に参入し、マッコー・セルラーはミルケンのジャンク債で携帯電話市場に参入した。こうした競争の激化がアメリカの、そして世界の通信市場を大きく変えたのだ。トヨタ的な系列資本主義は、系列内では人的・物的資源の配分を最適化できるが、産業間の生産性の不均衡を変えることはできない。だから創造的破壊を実現する上で政府ができることがあるとすれば、競争の促進と資本市場の改革だろう。むしろ今こそ、日本に本来の意味の投資銀行投資ファンドを育てるときである。

労働生産性
労働生産性についての統計はいろいろありますが、OECDなどの推計をもとにした社会経済生産性本部のデータでは、OECD30ヶ国中20位。G7諸国では、あのイタリアにさえ抜かれて最下位に転落しました。http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/01.data/activity000894.html
特にサービス業の生産性が低いことが問題で、アメリカの70%だとOECDは指摘しています。http://www.oecd.org/document/19/0,3343,en_2649_34833_40375123_1_1_1_1,00.html

地形と気候を無視しないで
エントリの話題から少し外れますが、池田先生も含めて誤解があるようなので、訂正しておきます。「補助金漬けだから農業の生産性が低い」「政策しだいでは日本農業は輸出競争力を持てる」とかいう話は、自然環境の問題をまったく無視した暴論です。
日本の農地は非常に狭いのです。人口あたりで計算すると、大陸諸国より少ないのは当然として、欧州諸国とくらべてすら、ずっと狭い。この狭い農地で、少なくとも米については国内生産分だけでも生産できているのは、近代化以後の農業技術の発展のおかげです。明治以前は国内で恒常的に飢餓が発生していました。しかも、農地は地形の問題で、分散して分布しています。機械化の効率が非常に悪いのです。延々と農地改良事業が進められてきましたが、地形を根本的に変えることはできません。その上、需要が増える一方の小麦の生産に日本の気候は適しません。農業が本質的に自然に依存した産業である限り、現在以上の生産性向上は、ほぼ不可能です。

re:地形と気候を無視しないで
× 農業が本質的に自然に依存した産業である限り、現在以上の生産性向上は、ほぼ不可能です。
○ 農業が農家の既得権の保護を目的とした産業である限り、現在以上の生産性向上は、ほぼ不可能です。

>この狭い農地で、少なくとも米については国内生産分だけでも生産できているのは、近代化以後の農業技術の発展のおかげです。明治以前は国内で恒常的に飢餓が発生していました。
例えばいわき市の統計ですが、その狭い農地であっても「耕作放棄地」が年々増えているわけです。http://www.iwakimc.com/keiki/tr16/tr16_8.pdfもちろん、これは「減反政策」によるところが大きいわけですが、耕作可能であるのに放棄している農地が、いわき市だけでも1000ha近くある以上、「農地の狭さ」は何の言い訳にもなりません。

>しかも、農地は地形の問題で、分散して分布しています。機械化の効率が非常に悪いのです。
いわき市の例では、「1戸あたりの平均経営耕地面積は約74アール」ています。いわき市は比較的平坦な地形であって、このように零細農家が多く、集約が進んでいないわけです。兼業農家が多く、農地の再分配・集約化が進まないことが「機械化の効率が非常に悪い」理由であって、地形は問題ではありません。欧米並みとはいかずとも、明らかに大幅な効率改善の余地があります。それすらできないような地形のところは、そもそも限界集落化しているでしょう。
(参考)「減反」は専業農家に不利な政策http://abc1008.com/news/onair/080926.html, 減反兼業農家のためhttp://d.hatena.ne.jp/anhedonia/20080602/p1, http://d.hatena.ne.jp/anhedonia/20080210

Unknown
ほんの5日前に発表された(財)社会経済生産性本部によります「労働生産性の国際比較 2008年版」です。http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/01.data/activity000894/attached.pdf
> 2006年は、アイルランド、フランス、ノルウ
> ェー、スウェーデンなどはユーロ高、クローネ
> 高といった為替レートが製造業の名目付加価値
> 額を増価させたことが大きな要因となり、上位
> にランクされた(図3)。
ほか、製造業種分野ですら(たとえば)為替の変動といったたった一要因次第で、数値を大きく左右さできてしまうことを、そこかしこでいちいち前置きしなければならない。いわんや、非製造業種分野についてはなおのこと一層、モノサシとしての役目を果たしにくい。

> ブルネイが110,101ドルで初めて1位になるなど、
> 非OECD加盟国が上位に顔を出し
世界銀行の数値を採用した途端に、われわれは労働生産性について、ブルネイから学ばなければならなくなる。
             @
06年や07年の数値から導かれた2008年版ですらこのありさまなのですから、経済環境が激変をした2008年の諸標を織り込むことになる1年後の2009年版では、どのようなレポートが作文されることになるのか……。なにが正しいか/正しくないか、ではなくていちいちなにが正しくて正しくないかを前置きしないといけない、この「労働生産性の国際比較」という指標そのものが、モノサシとしての体を為していない稚拙なものだということです。労働生産性という指標は、国際間比較をおこなうには、あまりにも問題が多過ぎま(統計の採り方次第でいくらでも都合のよい数字を導き出せてしまえま)すので、引き合いに出したり鵜呑みにするのは避けた方がよいです。