地方の医師不足、その本当の原因とは?

色平哲郎の「医のふるさと」より

 佐久総合病院の同僚、長(ちょう)純一医師(国保川上村診療所長)は、
 地方の医療現場を最もよく知るドクターの一人だ。

 彼は研修医時代から地域で働く同志を、と考え医学生向けにさまざまな
 企画を行い、多くの学生実習を受け入れ、進路相談に乗ってきた。

 彼が接した医学生は千人を下らない。
 それだけの医学生が「地方の医療現場」に関心を持っているということだ。

 にもかかわらず、現実には地域の医師不足はいよいよ深刻化している。

 長医師は、昨今の地方の医師不足が「新臨床研修制度で都市の
 研修指定病院に研修医が集中し、地方の大学医局に残らなくなったため」
 という一般的に流布している解釈に対し、
「本当に研修制度の問題なのか?」と疑問を呈している。

 長医師が、『医療タイムス』に載せた記事の一部を引用してみたい。

……一番の問題は、実は地方の医学部に地方出身者が少なく、
都市部出身者が多いことが最大の理由ではないか。
信大でも本県(長野県)出身者は例年2割いるかどうかであろうし、
小生が接する全国の医学生から各大学の状況を聞いても地元は
3割くらいの所が多く、さらに町村の出身者となると非常に少ない。

つまり都会で私立一貫校や塾など多額の投資をした者が、
地方の医学部に多く進学しているという実態がある。

その者らが、従来は都市の大学の医局に「外様」で戻るより
母校の医局に残ることがメリットが多いと判断していたのが、
昨今の地方の切り捨てという世間の風潮の中、
地方に残ることを避ける傾向にあり、
ちょうど新制度で都市に研修病院が増えたことが重なり、
都市に戻るようになったのが、地方の医師不足の主因だろう。

 私も、この見方に同感である。
 そもそも新臨床研修制度になる前から地方の農山村や漁村、
 つまり郡部は医師確保に悩まされてきた。

 地方の医科大学が地方の医療を守るという本来の「公共的使命」から逸脱し、
 受験戦争のピラミッド構造に組み込まれ、
 時流に流されてきたことに問題があるのではないか。

 厚生労働省が医師数増員を打ち出しているが、
 農村部に医師が充足するのは数十年先になってしまうだろう。

 地方分権は、まず医師確保から実践すべきではないか。
 県によっては、医学部入試で地元出身者に特別枠を
 設けているところもあるが、焼け石に水の感は否めない。

 根本的に「地域の医師は地域が育てる」という方向へ、発想の転換が必要だろう。
 こう言うと「教育を受ける権利」とか「職業選択の自由」を盾に
「都会の高校生が地方の医科大学に進んで何が悪い」と反論されそうだが、
 何も都会の出身者に地方の医科大学へ来るな、と言っているのではない。

 地方で医学を学ぶ以上は、医療が地域に密着している現実をしっかり認識した上で、
 医療に託されている公共を担う「使命」を感じ取ってほしいのだ。

 そうして少しでも多くの医学生に医療の手薄な地域、
 切実に医師を欲している地域に残る勇気を持ってほしい。

 人間の欲望をコントロールするのは難しい。
 知識だけでは不可能だ。
 しかし欲望のままでは社会システムは破綻する。
 アメリカの金融危機がいい例だ。

 人は何のために生きるのか。
 この問いを医師教育の現場で発し続けることが大切だろう。